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 このページではテーマだけを提示し、あえて結論を出しません。出されたテーマに皆様方が素直に反応し、「言いたい放題掲示板」に書き込んで頂くか、メールを送って頂ければ幸いです。皆様方からの出題もお待ちしています。
お 品 書 き
喜・怒・哀・楽
「文明の衝突」の時代に思うこと
「気を遣う」のは、誰のため?
「聞く」と「聴く」・「見る」と「視る」と「観る」
「2杯酢」と「3杯酢」の違い
お忙しいですか?
「お疲れ様です!」
「体」と「體」
Q.O.L.[Qualty of Life]
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私たち人間は、どれくらいに富んだ動物なのだろうか?
ふと!そんなことを思ったら、何か不安になってきた。
そこで、「脊椎動物」を対象にの有無を私なりに考察してみた。
すると、次のような表が出来上がった。
魚類 両生類 爬虫類 鳥類 哺乳類
× × ×
× ×
× × ×

この表を見て、また、また、考え込んでしまった!
一体、自分は何類に属するのか?・・・・・・・・・・・・
ひょっとして! もしかして! 私は「両生類」?!
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「文明の衝突」の時代に思うこと

人間社会というものは、個人対個人の衝突・紛争に始まり、部族間、民族間、
国家間の紛争へと規模が拡大していき、
いよいよ21世紀は、「文明の衝突」の時代を迎えたといってもいいでしょう。

ただし、ここで言う「文明」とは、エジプト文明やメソポタミア文明のような「古代文明」のことではなく、「文化圏」のことです。

9月11日の同時多発テロによって始まったアフガニスタンにおける戦争は、
イスラム文明とアメリカを始めとする西洋(キリスト教)文明の衝突・紛争です。

だが、ここで私が思うことは、
果たして、『日本』という国は、何文明に属しているのだろうか?ということです。
このように考えると、『日本』は実にユニークな存在だということを知らされます。
1つの国で、1つの独自な言語(日本語は他の国では使われない)を使う
1つの民族(皆がそのように思っている)だけで
構成されている1つの国家というのは、他には見当たらないのです。
よくよく考えてみれば、イデオロギーや宗教に至るまで1つのようなものです。

「イデオロギーや宗教まで1つ」と言えば、不思議に思われるでしょうが、このことについては後日、書くつもりでいます。

東洋の一角に在りながら、中華文明にも属さず、
アメリカや西欧諸国と親密な関係を持ちながらも、西洋(キリスト教)文明にも属さず、
かたくなに日本文明を貫いている国が、『日本』なのです。
確かに、立派と言えば立派なのですが、これがアキレス腱になることも考えられます。

「グローバル化」と言われる時代に、その中で、「一体、日本とは、・・・?」
さらに、「日本人とは、・・・?」と考えてみるのも面白いんじゃないでしょうか。
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「気を遣う」のは、誰のため?

私は、人に「気を遣う」というのが、とても苦手です。
また、人から「気を遣われる」のも素直に喜べない。

辞典では、「気遣い」「気配り」「心遣い」「心配り」は、よく似た意味としているが、
私は、「気を遣う」という言葉のニュアンスだけ、何か違うように思えてならない。

確かに、「心遣い」「心配り」という言葉からは、相手を思いやる様子が感じられるが、
「気を遣う」という言葉からは相手を思いやる様子が全く感じられない。
それどころか逆に、
「自分を良く見せたい」とか、「相手から良く思われたい」という面が感じられます。

はたして、人は誰のために「気を遣う」のだろうか?
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「聞く」と「聴く」「見る」と「視る」と「観る」

最近、「話をしっかり聞かない人が多くなった」とか、「会話が出来ない人が多い」
ということを、よく耳にします。残念ながら日本人は、その傾向が目立つようです。

そこで、「く」という文字を漢和辞典で引いてみると、「聞く」と「聴く」とがあり、
「聞(ブン・モン)」は、音声が耳に入る、自然にきこえてくる意。
「聴(テイ・チョウ)」は、自分からきく意志を持って念入りにきく意。
さらに、
「心不在焉、而不而不(心ここに在らざれば、みれどもみえず、きけどもきこえず)
という『大学』の1節が載っていました。

また、英語の辞書には、hear と listen があり、hear は、単に物音を聞く。
listen は、物音に注意して耳を傾け、聞き取り理解しようとする、となっています。
さらに、I heard their conversation but did not listen to what they said.
という例文まで添えてありました。(現代の日本人には、皮肉な例文ですね!)

何はともあれ、日本語では1種類の言葉としか思えない「きく」や「みる」は、
外国語では何種類もあり、しかも、使い分けられているということです。

言葉というものは、我々が物事を考え、行動を起こす原点になっています。
だから外国の人たちは、言葉を覚え始める段階から、「聞」と「聴」の違い、
hear と listen の違いが、自然に身についているのではないでしょうか。
また、日本人が曖昧になってしまっているのは、仕方のない事でしょうか。

「きく」や「みる」を表にしました。参考にして頂ければ幸いです。
日本語 漢字 英語
きく (ブン・モン) 音声が耳に入る。
自然にきこえてくる。
hear 単に物音を聞く。
(テイ・チョウ) 自分からきく意志を持って念入りにきく。 listen 物音に注意して耳を傾け、聞き取り理解しようとする。
みる (ケン) ちょっと目にふれる。
「聞」に対していう。
see 「見る」の意の最も簡単で意味の広い語。
(シ) 気をつけてみる。
「聴」に対していう。
look 人または物に視線を向ける。
(目を凝らす)
(カン) よくみる。「視」よりも更に念を入れてみるの意。 watch 人または物の動作・状態・変化などを目で追って観察する。
なお、「みる」という漢字には、「見」・「視」・「観」のほかにも次のようなものがあります。
「相(ソウ)」…物の形をみて目利きする。「看(カン)」…目の上に手をかざしてよくみる。「察(サツ)」…考えみる。調べみる。「睹(ト)」…はっきりみる。「覧(ラン)」…一通り目を通す。「瞻(セン)」…仰ぎみる。「瞰(カン)」…みおろす。「瞥(ベツ)」…ちらっとみる。「矚(ショク)」…心をとめてじっとみる。
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「2杯酢」と「3杯酢」の違い

双方の違いと言っても、ここでは「味醂や砂糖が入っているかどうか」ということではなく、
「2杯酢」は「2イ酢」なのに、「3杯酢」は「3イ酢」ではなく、なぜ「3イ酢」なのか?
即ち、「1杯、2杯、3杯」を、なぜ「1イ、2イ、3イ」と発音するのかということです。

私たちは、それが当り前であるかのように、日頃、何気なく喋っていますが、
日本語を初めて学ぶ外国人たちにとっては、とても不思議なことのようです。

分かりやすくするために、同様に発音する語をローマ字で表示してみました。
1杯(pai) 1本(pon) 1匹(piki) 1俵(pyou)
2杯(hai) 2本(hon) 2匹(hiki) 2俵(hyou)
3杯(bai) 3本(bon) 3匹(biki) 3俵(byou)

改めて見直すと、使い慣れている筈の私たちでも不思議に感じてきます。

自分では当然だと思っていることも、他の人から見れば不思議なことが多いのでしょうね。

逆に、周囲の誰もが「それは、おかしいぞ」と思っていることでも、
その環境にいる人たちにとっては当然のことで、案外気付かないこともあるんでしょうね。
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お忙しいですか?

忙しい」というのが日常の挨拶語になっているほど、
私たちは、毎日、何かに追いまわされています。
交通機関や通信機関が便利になればなるほど、多忙を極めるのは皮肉なことです。
本来は、伝達や移動に掛かる時間が短縮できれば、ゆとりが生まれるはずなのに。
また、「忙しい」と口癖のようにおっしゃっている人は、果たして、幸せなのでしょうか。

そこで、「忙しい」という言葉に、身を尽くし込んでみましょう。

漢和辞典に「」とは、「色々なことに心が飛んで落ち着かない意」と書かれています。
なるほど、「」という漢字を分解すると、「リッシン扁」に「亡」となり、
心が亡(な)くなった状態」を現わしていることが良く分ります。

また、「」の字を分解して、タテに配置すると、「」の字になります。
忙しいと、当然、「忘れる」という現象が生じます。

私たちは、忙しさの余り、心を亡くし
何か大切なものを忘れてしまっているのではないでしょうか。
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「お疲れ様です!」

出会った時や、会議などで前に出た時、「お疲れ様です!」と言う人があります。
これを聴いた瞬間、
「何となく嫌になる。それどころか、腹立ちさえ覚える。」のは、私だけでしょうか。
「どこの誰が、お疲れなんじゃ!」
「いったい何をして、疲れてるんじゃ!」
「たった今、会ったばかりじゃねえか!」
「たった今、始まったばかりじゃねえか!」

このように言いたくなります。
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』と『

どちらも「からだ」という文字ですが、漢和辞典を引くと、「『』と『』は別字であるが、
古くから『』が『』の俗字として誤用され、教育漢字もこれによった」と書かれており、
さらに・・・・・・・・・・・・・・・、『』という文字は、「そまつ」という意味であるとされている。
現代人の『からだ』は、そんなに「そまつなもの」なのか。・・・・・考え込んでしまいます。

ところで、旧の漢字は、「」が「(ゆたか)」と書いて『からだ』という文字になっている。
それでは、果たして・・・・「骨が豊かな人、即ち、骨が丈夫な人」は、本当に健康なのか。

このことを探っていくと、健康を考える上での糸口が見つかるのではないでしょうか。
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Q.O.L.[Quality of Life]

最近、「Q.O.L.を高めよう」という言葉をよく耳にしますが、
これについて、身を尽くし込んでみよう。

日本語に言い換えれば、「生命(人生)の質を高めよう」ということで、
単に生命を長らえ、ただ単に、生かされているだけでは、何の意味もない。
健康な状態で、不自由なく暮らせるようでなければならないということです。

だが、これは簡単なようで、なかなか簡単に出来ることではない。

Qualityを辞書で見れば、「質」ということで、問題はないが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
Lifeという言葉は、「生命」という意味の他に「人生」とか「生活」という意味もあります。
そこで単純に、これらの日本語を当てはめてみると、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
生命の質を高める」・「人生の質を高める」・「生活の質を高める」となります。
ところが、・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
よく考えて見れば、「これらを同時に実践しようと思えば矛盾が生じる」ということです。
これが今回のテーマです。

生命の質を高める」ということは、文字通り、健康で長生きするということです。

人生の質を高める」ということは、自分の目標とする生涯を送れることです。
年若くして亡くなられた方でも、質の高い人生を送られた方が数多くおられます。

生活の質を高める」ということは、毎日の生活に潤いがあるということです。
生活の潤いだけを求め、身体を壊してしまったり、
人生さえも台無しにしてしまう人がたくさんおられるようです。

皆様方はどのように考えますか?

「私は、○○を第一番に考える」とか、「このようにすれば、いいんじゃないか」というようなご意見をお待ちしています。また、ご自分の体験談などもお聞かせください。
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